Palau Peleliu

2014年12月18日 戦跡・慰霊巡拝の旅

パラオ共和国 ペリリュー島

コロール島の南西約40㎞にあるペリリュー島は
島民約600人、面積約13㎢、南北約9キロ、東西約3キロ。

ペリリュー島1日ツアー」(RITC主催)

「パラオの南端に位置するペリリュー島へは、コロールから美しい海を抜け、
ボートで約1時間15分程。第二次世界大戦の激戦地であったペリリュー島
には、未だに多くの戦跡が残されています。その一方、今では素朴で美しい
村とジャングルが広がり、コロールとは一味違うパラオをご覧いただけます。
歴史に詳しい日本人ガイドが、車で島内の戦跡や慰霊碑、ペリリュー島が
見渡せる高台などの観光名所へご案内いたします。今も残る歴史の一片を
垣間見ることができるツアーです。」

(募集パンフレット抜粋)

米軍は、1944年3月にパラオの日本軍基地や船舶に攻撃を開始。
9月15日オレンジビーチ上陸から3日で終わらせる予定だったが
戦闘は日本軍守備隊の凄まじい抵抗にあい約3ヶ月にも及んだ。
日本軍は11月24日「サクラサクラ」の暗号を打電して玉砕。
この間のペリリュー島の戦死者・負傷者は米軍が8500人以上、
日本軍12000人以上となった。(配布パンフレット抜粋)
※資料や計算する期間によって人数等に差異があるようだ。

見てきたこと、聞いたこと、感じたこと、たくさんあります。
ご縁があれば是非、ペリリュー島に訪れてみて下さいm(_ _)m


パラオロイヤルリゾートの桟橋から出航
ペリリュー島が見えてきました。
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ノースドック(北波止場)に上陸
日本統治時代はガラコル波止場と呼ばれた。
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マイクロバスで移動します。
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着いてすぐ旧日本軍のトーチカ跡
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ガドブス島へ続くコンクリート桟橋跡
東西1.2㎞、南北1.5㎞の小島である。
当時は建設中の滑走路がありペリリュー島と
合わせると南洋群島で最大規模の飛行場。
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千人洞窟出入り口。
独立歩兵第三四六大隊の本部が置かれた。
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全員で拝んでから洞窟内へ
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洞窟内を進みます。空き瓶や金属片、
不発弾の他に様々なものが散乱する。
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洞窟内から外側
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米軍に火炎放射された跡で黒く焼け焦げている
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トーチカが島内の至る所にある。
南洋興発の燐鉱石精錬所跡に急造したそうだ。
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ペリリュー小学校入口の門柱は
日本統治時代の公学校門柱で
現在はペンキが塗られている。
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ペリリュー州役場で州税$15 PERMIT
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日本の清掃車がここでも大活躍です。
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共同墓地の一画にある戦没者慰霊碑
中央の日本国政府が建立した慰霊碑を囲むように
ペリリュー島で戦没した方々の慰霊碑があります。
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戦没者のお勤めをしました。
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日本軍帰還者34名の洞窟へ続く場所。
終戦後も2年6ヶ月洞窟内に潜伏し
ゲリラ戦を続けていた。
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ペリリュー第二次世界大戦記念博物館
旧日本軍通信局跡で、館内には兵器や
当時の写真、様々な展示物がある。
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米軍の激しい砲撃で建物に
大きな穴や弾痕が残る。
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米軍が占領直後に撮影した写真。
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ガイドさんから詳細な説明を受ける。
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九六式二十五ミリ高角機銃
九二式重機関銃 等
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当時のものや、レプリカ等の展示物。
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電力工場跡(発電所)
いまはジャングルに囲まれている。
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日本軍総司令部跡
爆弾が命中した跡や無数の弾痕がある。
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分厚い壁と扉で頑丈に守られている。
この部屋は今でも台風の時には島の人の
避難場所になっているそうだ。
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日本軍九五式戦車(三菱製)
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ペリリュー飛行場
現在でもたまに使用することもあるそうだ。
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オレンジビーチ
米軍が使用したコードネームが由来
米軍が最初に上陸してきた地点。
近くには、米国陸軍81歩兵隊慰霊
モニュメントがあります。
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サウスドック(南波止場)
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周囲は海に囲まれのんびりした雰囲気
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昼食のお弁当
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五二型零式艦上戦闘機
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米軍水陸両用車 LVT-2とLVT-4
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米軍LVTA-1
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捕虜収容所跡がすぐ前にある。
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日本軍高射砲が残されている。
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ペリリュー神社
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米軍の碑も同じ広場にある。
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地雷処理後の山道を進む。
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顕彰碑が建つ
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中川大佐自決の地
玉砕を意味する暗号電文「サクラサクラ」を打電した最期の場所
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当時は「水戸山」とも呼ばれていたそうだ。
ブラッディノーズリッジ(大山)
山頂には米海軍戦争犠牲者への追悼碑
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山頂から360度見渡せる展望台
中腹には日本軍の隠れた洞窟が各所にある。
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ノースドックに戻ってきました。
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限られた時間でしたがペリリュー島の
戦跡で慰霊巡拝することができました。
このご縁に心から感謝しています。
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2015年、戦後70年を迎えるにあたり
天皇皇后両陛下が戦没者の慰霊のため
パラオやペリリュー島など太平洋諸島の
国々をご訪問されるそうです。
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帰国する際に空港で要税金$50

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